職場でほされているらしい。ということを改めて実感させられた。
どうやら、上司は本気で私をやめさせたがっているようだ。重要な会議の席で、社長にことさら私への不信を強調されてしまった。いつからか若い子たちにどんどん仕事を奪われて、今ではほとんどやることがない。仕事がないので、どのような結果も残しようがなく、会社の評価は下がる一方だ。いよいよ追い出される寸前。秒読みは始まっているのかもしれない。
最悪なのは同じ課内の人間に味方がいないことだ。どういうわけか、その上司を除いてあとはみな後輩なのだが、私は彼らからやたら不評を買っているらしい。けっして悪口がもれ聞こえることはないが、一部の女子社員の態度はあまりにあからさまなので、いくら私が鈍感でも気まずさを感じないわけにはいかない。彼女達は相当シビアな視線で常に私を監視しているらしく、上司に逐一苦情として報告がなされていると上司から聞いた。悪意を持った視線を通せば、どのような言動でも醜悪にゆがめられてしまうのは常。仕事がないので会社にいるしかないのだが、そんなわけでデスクはさながら針のむしろなのだ。
「職場には、いて欲しい人間と、いてもいなくてもいい人間、そしていて欲しくない人間の3タイプがある。お前はまさにいて欲しくない人間だ」とは、先日上司からいただいたありがたいお言葉だ。私はこの言葉を胸に、今新たな天地へと旅立とうとしている。キャリアにおいても金銭的にも何の蓄えもない私が、裸同然であまりに厳しい灼熱の格差社会に放り出されれば、瞬く間に下流に押し流され、貧困スパイラルのど真ん中で搾取の対象となるのは間違いない。そのことを重々承知した上で、さぁやめれるもんならやめてみろ、と言いたいのだ、あいつは。私が自ら、やめます、というのを今か今かと半笑いで待っている。
もしかしたら、ここでやめたら負けなのかもしれない。でも、もうこれ以上は耐えられない。私には家族がある。守るべきものがあって、戦っている。それでも限界はあるんだ。
生き残り競争に私は負けたのだ。負け組みなのだ。と認めなくてはいけない。本当のところ、上司からの不信も、後輩達からの不評も、すべては身から出たさびだ。なるべくしてそうなっていったので、文句の言いようがない。さまざまな醜い陰口を、はたまた魂をえぐるような冷ややかな言葉を直接言われるような、それだけのことはやってきたのだろう、私は。さもなくばこのような立場になるはずがない。どんな理不尽さの背景にも、理解できるかできないかに関わらず、なにかしらちゃんと原因があるというのが私の考え方だ。このような結果にも、れっきとした原因があるのだと思う。そんな私が、猛毒のような「原因」を抱えたまま、冷酷な社会で「勝利」を納められるはずがない。
しかし、もとはと言えば、その原因の根底にあるのはなんだっただろうか。私の人間性についてをその対象にして槍玉に挙げるのは、生来のものに由来している部分が多く、根本的な問題であるし、ひいては単なる悪口にすぎないので考えないでおこう。いやその人間性の問題点を社内において、ことさら悪い面を強調し悪化させる原因があったはずだ。
私には不満があった。そのあまりに強い不満は、会社に対するものがほとんどだった。そして上司に対する根深い不信があった。公平性を欠き、日ごとに態度を変え豹変する社長が嫌いだった。自らの保身を最優先し社長におもねるだけで、兵隊としての能力もリーダーとしての器もない上司に怒りを覚えた。強欲で厚かましいだけが取り柄の営業部員達のわがままに巻き込まれたり、社外の人に同類と見られたりすることが我慢ならなかった。なによりも、嘘で塗り固めたありものしない幻想を売るような事業そのものに吐き気がした。そしてそんな将来性のない社業に愛想が尽きていた。
こうした私の心に渦巻いていた不満が、ことあるごとに表に顔を出し、さまざまな形で周りの人間に影響を与えていたのだろう。不満だらけの人間には感謝などあるはずもない。だから、みなに与えた影響が良い影響であるはずがない。私が会社にいられなくなったのは、そういうメカニズムだと思う。
ただ、少なくとも私が勤めている間、毎年毎年何人もの人間がやめていき、毎年毎年入ってくる人がいるような会社だ。ついに私の番が来たというだけのことなのかもしれない。人が定着しない会社なのだ。私より入社がはやい上司以外の先輩はみんやめていった。だから、上司以外はみな後輩なのだ。見方を変えれば、上司はこれまでそうやって、一人一人順番に会社から追い出してきたのだとも言える。そしてついに私の番が来たというだけのことに違いない。
ろくでもない会社なのだ。ろくでもない社長と、ろくでもない上司に牛耳られた、ろくでもない職場なのだ。そう思えば、ようやくこのろくでもない現場から抜け出せるときがきたのだから、これは喜ばしいことのなのかも知れない。上司は感動的な解放へのチャンスを私に授けてくださったのだ。どれほど感謝しても事足りないじゃないか。
そうだ、こう考えるんだ。私は、不満だらけで仕事も嫌々やらされていたのに、それでもなかなかやめれなくてだらだら続けてしまって、会社にとっても自分にとっても不幸な状態にいた。社内での立場が悪くなったのは当然のことで、なにも悪いことじゃないんだ。OBとなった先輩がたもみな歩んできた通過点じゃないか。いよいよ次のステップに進む権利を獲得したのだ。私は成長している。幸福へ向かって進歩している。
ああ、私は針のむしろに座しながら、幸福の絶頂にいるのだ。煮えたぎるような灼熱の格差社会に、すがすがしく夢と希望を持って乗り込むのだ。
なんたる発想の転換。ちょ、おま・・・マジ頭良いな。






