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吉村ゴンゾウあわー

自作のショート・ショートや読書感想などをアップしています。気負わず適当にやります。テーマは「中途半端を恐れない」。

小説「救いようのない話」

 いらっしゃい。おや。始めてみる顔だね。どなたかからのご紹介?ああ、そうかい。雨宿りってわけか。まあ、いいよ。一応会員制なんだけどね、どうせ今日は他に客もないし。カウンターしかないんだけど、それでよければ呑んでいってよ。たいしたメニューもないけど、うまい酒とつまみをだすからさ。
 この辺にはよく呑みにくるのかい。へえ、なるほど。それで一人でこんなとこに入ってきちゃったってわけね。まあ、あんた、運が良いよ。ほら、うちの店「ハニーフレーBAR」って名前なんだけどさ、ここはちょっと特別なお店だからね。
 ねぇ見てよ、このお酒は知ってる?見たいことないだろう。こりゃあ、この世の不幸をすっかり洗い流してくれるってぇ聖水で作った幻のウィスキーさ。その身に不幸が重なれば重なるほど、そのうまみは倍増するって代物だ。お前さんも見たところ、人並みに不幸をしょってるんだろう。この味わいがわかるぐらいに。そうかい、おいしいかい。そりゃあよかった。
 ところで、あんた。悲劇はあんまり好きじゃない方?わたしはね、どうもなんでもかんでもハッピーエンドだ大団円だってのは性にあわなくてね。どっちかっていうと悲劇の方がスカッとするんだよ。共感するんだろうね。やっぱり本当は不幸な出来事って少なくないだろ。しかも誰だって人生の終わりは死ぬときにくるんだから、めでたしめでたしってな都合のいいトコで区切ってさ、それでああよかったねって訳にはいかないでしょう、人生は。だからハッピーエンドってのはどうもウソ臭いんだよ。あんたもそう思うだろ。
 ごちゃごちゃした店だろ。え?何でかって?あ、ちょっと、ちょっと。うちは確かにあんまり片付いてやしないけどさ、あんまり勝手にあっちこっち触らないでよ。なに?それかい?そりゃ、あれだよ、サイコロじゃなくてさ。ある動物の骨なんだけどね、まぁ小さすぎてドコの部分とかはわかんないんだけどさ、あまり気持ちの良いものでもないから、こっちに置いといてよ。大事なものなんだからさ。そんな大事なものをなんで無造作にって?そりゃ余計なことだよ。
そうそう。そりゃあ、無視してればそれで済んだのに余計なことに首突っ込んだせいで知らなくてもいいこと知ってしまうってパターンだよ。調子に乗ってやりすぎて、結局のとこ後悔先に立たずってわけ。今のお前さんのようにさ。あんたの人生にもそんなことあったろ、今まで生きてきてさ。
 この近所に食品工場があるのを知ってるだろ。そう、あのやたら大きくて白い奴。今は最新の設備かなんかでほとんど無人でやってるらしいんだけどさ、ちょっと前までは何百人もの人を雇っていろんなものを作ってたんだ。従業員はみんなこの辺の住人でさ、昼は食品工場、夜は水商売って感じで昼も夜も同じ顔突き合わせてね、仕事仲間が店と客の関係になったり商売敵になったりで、ややこしいかったんだよホント。
 それに工場で作った食品も結構この近所で消費する感じでね、昼に自分で作ってたのと同じものを客に出したり、客として食べたりしてさ、今考えるとあの工場に占領されてたんだな、この辺り一体が。閉塞感を感じないぐらいに密着してたんだよ。
 ああそうなんだよ、仕事そのものは相当厳しいものだったって。朝早くから仕込があってね、交代制で深夜も稼動してたから、シフトによっては寝る以外はずっと働いてる日もあったんじゃないかな。昔の工場だから見るからに危険な機械も多くてさ。過労のせいで誤って事故を起こしちゃうことも何度かあったらしい。何トンって食材を砕いたり練ったり焼いたりする機械が相手だから、いっぺん事故を起こしたら当然ただじゃすまない。そんなんだから毎月何人もの人間が工場を辞めて、町から出て行ったね。別に工場辞めたら町から出て行く決まりがあったわけじゃないんだけど、例外なくみんなそうだったね。いつのまにかいなくなってる。まぁ、普通の神経じゃいられないよね。みんなの目があるんだ。でも逆にどんどん他所から独り者の労働者が入ってきてたから町はいっこうに寂しくならなかったし、工場のほうでも使い捨ての労働者が入れ替わっていくのは問題視してなかったんんだろうね。
 他所から来た人間もすぐに工場と町に馴染んで気がつくと家族も同然の仲間内感覚になるんで、ここに住んでると他人に対して遠慮がなくなるんだ。何でも互いに言い合うし、仲間内だからこそつまらないことで喧嘩もする。もちろん良い意味で人情深い関係ではあるんだけど、一歩間違うといい加減な馴れ合いになりかねない感じさ。
 ある日、この近くの居酒屋でちょっとした揉め事があってね。事情を聞くと店で出したハンバーグにでっかい爪が入ってたって言うんだよ。普通なら「ちょっと爪入ってたよ」ぐらいの文句言えば新しいのに交換してもらえるだろうし、爪さえよければ食べちゃったってもかまわないだろう?でも、ここではそうはいかなかった。客と店主は工場でも近いところ働いてる一応顔見知りだったんだ。だからちょっと調子に乗って言い過ぎたんだろうね。また文句を言われた店主の態度も悪くてね、売り言葉に買い言葉って感じになってしまった。
 「お前らキッチンで爪切ってるんじゃないのか」ってのが客の主張だ。無茶苦茶だが言いたいことはわかるだろう?店としてはそんなことを他の客の前で言われたんじゃたまらないもんだから、従業員全員の指先見せてキッチンに入る前に指先の手入れをしていることを証明してみせる。客としては爪入りのハンバーグを客に出しといてそこまで堂々と開き直る姿が気に食わない。キッチンを見せろと客が無理やり乗り込んでみると、ハンバーグは手作りじゃなくて冷凍だったことがわかった。そもそも爪はハンバーグの中に入ってたわけで、上に乗ってんじゃないんだから、店のキッチンで入ったんじゃないってことになる。客も店の人間も、もう調べなくたって知っている。この冷凍ハンバーグは、自分達が働いている工場から出荷されたものだってね。
 店の方では、もうこの時にはすっかり熱から覚めて、これ以上の追求をするつもりはなかった。そんなことしたって、何の得にもならないからだ。自分達も含め町全体が世話になっている工場だ。騒ぎを起こせば、町にいられなくなる。ところが客の方はもう後に引けない感じになってしまってた。周りの店からも人が集まってきている。みんながみんな仲間内さ。そのみんなの前でこれだけの騒ぎを起こしたんだ。「なんだあの工場だったのか」ってだけで一度突っ込んだ首を引っ込めるわけにはいかない。
 男ってのはこういうときにゃ損だね。バカだから見得やプライドが先に立っちゃうんだ。やばいなって思っててもね。そう、そこにいたみんなも、こりゃあやばい話になるって思ってたんだ。だから、逆にその客の男をを矢面に立たせといて、とことんまでやらせてみたいと思っちゃった。
 どうなったと思うね?その男は、次の日には町からいなくなったのさ。どこにいったか誰にもわからない。でも、この話はここで終わりじゃないんだよ。ここからが不幸の始まりさ。
 例の件は、けっこうな大騒ぎだったから、気になってた人間がほかにもいたんだよ。何人もね。で、突然あの男が町から消えた。こりゃあ何かあるって誰もが思うだろ。で、いろいろ調べはじめてみると、確かな話じゃないがいろんなことがわかってきた。
 冷凍ハンバーグのラインで働いていた人間を全員洗ってみると、爪についてはみんなに心当たりがないということだったらしい。そもそも爪がハンバーグの原料ミンチの中に混入する可能性は肉の塊をミンチに変える工程だけ。当然、その工程のライン上で爪を切るなんてバカなことできるわけないし、入室管理で指先の手入れは徹底されているから、「爪だけ」が混入する可能性は絶対にありえない、ということだったんだ。
 わかるだろう?可能性があるのはミンチにする機械に指ごともってかれるってパターンだ。だけど、さっきも言った通り誰にもその心当たりがない。働いていた人間にはみんなちゃんと全部の指がついてた。調べられなかったのは、工場をやめて町からいなくなった人間についてだけだ。冷凍ハンバーグのラインからいなくなった人間はその周辺の一ヶ月以内で見ても5人くらいはいたらしい。ここの労働者は独り者が多かったし、いつごろ辞めてどこにいったかなんて誰も知らないから、調べようもないのさ。
ところで、あんたもさ、辞めた人間のうちの誰かがたまたま指を機械に持ってかれて、そのまま工場を辞めたって思うかい?ふーん。まぁ、それもいいさ。どっちみちその指は誰かの腹の中だ。それを証明したって誰の得にもならないんだよ。
 でね、例の騒動から2週間くらいして、あの男の家族と名乗る人が町を訪ねて来たんだ。「うちの人知りませんか」ってね。みんな「あの男は工場を辞めて、町を出てった」としか思ってなかったからそう答えたんだが、「そんなはずはない。2週間前から連絡が急に途絶えたので何かあったに違いない」と言うんだ。
 それを聞いた町の人たちは、さすがになんとなくわかっちまった。これまで急に工場を辞めて町からいなくなった人たちは、本当に工場を辞めていなくなったのだろうかってね。
 結局ね、事件は明るみにならなかった。いろんな力関係が働いて、真相は闇から闇だよ。あの男もただ単に家族に内緒で失踪しただけかも知れないしね。いつしか工場はほぼ完全無人化になって、当時のことはなかったことになってる。町の人たちもそのことには触れたかがらない。そりゃそうだろ、その工場で作ってたのも、その食品を食べてたのもわたしらなんだから。だから、知りすぎちゃったあの男を消したのも、工場側とは限らないんだよ。それがみんなのためだったのさ。とにかく町ぐるみだったからね。
 でもね、一つだけ事実が残ってるんだ。これ、なんだかわかる?おまえさんがさっき勝手に触ってたやつだよ。これはね、当時わたしの店で出したハンバーグから見つかったものさ。まさかと思うかい?ミンチになった牛や豚のだったらいいなって思うだろ。まぁ、それを信じるか信じないかは想像にまかせるよ。ほらね。こんなことなら、知らなきゃよかっただろう。
 さて、今日の酒のあてはこんなところでおしまい。どうだい、ウィスキーの味が変わったろ。嫌な話も甘い蜜に変わるんだ、この店ではね。
 おや、こんな時間に常連さんが来たね。毎度どうも。ああ、そうかい、へぇ。雨がね。そりゃ、いい酒が飲めそうだ。
 おまえさん、もう雨もやんだらしいよ。わたしはまたあっちでつまらない話をしなきゃいけないから。ね。ああ、じゃあ、またおいでよ。うん。その時も、うまいお酒とつまみを用意するからさ。