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吉村ゴンゾウあわー

自作のショート・ショートや読書感想などをアップしています。気負わず適当にやります。テーマは「中途半端を恐れない」。

アンフェアなのは・・・。

 秦建日子「推理小説」を読んだ。TVドラマ「アンフェア」の原作。若い女性に大人気の篠原涼子が主演で、視聴率の高いドラマだった。ドラマのCMで、いきなり篠原涼子の半裸が登場していたため、僕にとってのドラマの印象は、彼女の色っぽい姿と「無駄に美人」という妙にしっくりいく単語で支配されていた。一体どのような流れなら、主人公の女刑事が裸になる必然性があるのか、少なからずいやらしい妄想が膨らんだ。
 しかし、小説を手に入れてからの印象は大きく変化していて、「TVドラマのシナリオライターが、あえて小説で表現したかった世界とは、いったいどれほどのものか」がメインテーマとなった。作家は多数の人気TVドラマを手がけた、業界では少し名の知れた人である、という情報を知ったからだ。
 実際に読んでみると、これがなかなかにうまい。もともと私がミステリー好きなものだから「お手並み拝見」といった感じの高慢な態度で読み初めてしまったせいで、返って読後にうなり声をあげてしまうような感動を覚えた。
 まず会話がきれいだ。登場人物はいずれも見事にキャラがたっているし、さすがTVドラマのシナリオをやるだけあって、人物の造詣に隙がない。文章がうまいのにも感心させられる。内容に少し触れると、作中作の「推理小説」は、かなり文章が上手な人間がそれなりの自信を持って書いているという設定になっている。その設定自体を持ってくること自体が、作者のとんでもない自信の顕れとも思えるが、十分に説得力のある文章力で「推理小説」は綴られているのである。
 叙述トリックともとれる時間を超越した進行といい、作中作の「推理小説」中ににじみ出てくる「推理」というジャンル自体に挑戦状をたたきつけるかのような批判精神といい、たしかにプロの仕業と言える。
 私はドラマを見ていない。本格推理のファンとしては、さまざまはがゆい部分もある。しかし「リアリティがない。展開がアンフェアだ」という言葉は、この小説に対しての批判になりえない。もしそれを言えば、賞賛ととらえられることだろう。そこに、えもいわれぬはがゆさがある。
 ただ、「正しく期待を裏切る」ということの難しさと正当性を学べた。とてもためになったと思う。

ばあちゃんの知恵

 島田洋七、「佐賀のがばいばあちゃん」を読んだ。文庫本でページ数にすると230ページ以上あるが、行間が広くて改行だらけなので、本当にあっというまに読めてしまう。
 でも、けっして内容が薄いわけではない。赤毛のアンも裸足で逃げ出すほどのポジティブな生き方をこの本は教えてくれる。究極の貧乏を笑い飛ばす芯の強さにこそ、お笑いブームを巻き起こした「B&B」島田洋七の親しみやすいおもしろさの原点があるのかもしれないと、私は思った。
 書いている人が書いている人なので、文体はあらゆる意味で「おもしろい」。人間味あふれる語り口とエピソードに、明るく笑いながら涙を誘われた。
 笑いにも色々と種類がある。青空に向かって大声を出すような、すがすがしい笑いもあれば、柱の影から顔をのぞかせるようなニヤニヤ笑いもあるし、他人や時には自分自身を蔑むために用いられる陰にこもった笑いもある。専門家ではないので、そのほかにも沢山ある笑いについてなんら説明を加えることはできないが、愛想笑い、高笑い、大笑い、クスッと笑う、鼻で笑う、など笑い方によってそこにある感情がまるで違うことが多いということはわかる。
 そんな「笑い達」のなかでも、どんな笑いを他人に提供できるか。いや、他人に限定することはない、自分に対しても、いかなる時も気持ちよく笑えるところに自分の心を持っていけるかどうか。自他共に、どんな感情で笑い合えるか。私は、そこに人間としての器の違いがあるように思う。
 それには、自分の気持ちをコントロールする「知恵」が必要なのではないか。自分の心に従ってしまうのではなく、心を従えていく知恵。その知恵が、そのヒントとなるものが、この本にはある気がする。