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吉村ゴンゾウあわー

自作のショート・ショートや読書感想などをアップしています。気負わず適当にやります。テーマは「中途半端を恐れない」。

子供が立って、親は泣く

 つい先日、ようやく娘が一人で立ち上がった。これを目撃したときの衝撃といったら、とても言葉では言い表せないものがある。
 うちの娘は父親に似て、何をするのもちょっと人よりのんびりしているらしく、1歳4ヶ月になってもちっとも歩く気配もなく、それどころかつかまり立ちでさえ、ふらふらとおぼつかない始末。聞けば私自身も、歩き始めたのが1歳4ヶ月だったというから血は争えない。
 別に誰と比べてどうというわけでもないはずなのだが、それでも親というのは「この子は他の子より遅いんじゃないか」とか考えてしまうもので、私などは「もしかしたら立つ力が備わってないのだろうか」と不安になったりして、無理やり両手を取って歩かせようとするのだけど、その気がまったくない娘はすぐに私の足にすがりついてしゃがみこんでしまうのである。
 まるで私が幼かった頃のように、いつもどこかに寄りかかって自分の体をよそに預けてしまう癖を、どうして彼女が生まれつき持っているのかはまったくの謎だが、自分で自分を支える気がない以上、一人で立つなんてありえるはずもない。つまりは、立つ、あるいは歩く能力があったとしても、歩く気がまったくないのだ。早ければ10ヶ月を待たずに歩き始め、1歳には走り回る子までいるのに。そんな同学年の子達と一緒に遊ぼうにも、小柄で臆病な娘だけが遅れをとることは目に見えている。親としてはなんとも切ないではないか。
 ところが、ある晩のことである。風呂に入れて着替えも済ませ、さあ寝ましょうという時だった。つかまり立ちにはある程度自信があるらしい娘が、布団の端をひらりとめくって内側の毛布をしっかりと掴んでいきなり立ち上がったのだ。あまりにもひょいと立ちあがったので一瞬なにをしているのかわからなかったが、自分が立っている足元の毛布を引っ張って、手の力でバランスを取って立ち上がったようだった。手で毛布を掴んでいることで立っているので、ほんの少ししかそのバランスを維持できず、娘はすぐに座り込んでしまう。しかし、なんだか私達夫婦が驚いた様子で注目していることが嬉しいのか、大声で笑って自分で手をたたいて拍手を送っている。これは、もしかしたら毛布は気休めで、本当はビビッているだけで立てるんじゃないだろうかと直感的に思った。
 よしこうなったらとことんやる気をださせてやろうと、夫婦で拍手で盛り上げ、すごいね、立てるね、とほめてあげる。娘も「どうだすごいだろ」的な表情で誇らしげに立つ。立てば褒める。しかし、徐々に娘の立つ位置と掴んで離そうとしない毛布の具合を調整して、立っても緩みを持たせて手の力で立てないようにしていくのだ。娘もだんだん調子に乗って何度座り込んでしまっても立とう、立とうとがんばるようになってきた。あのやる気がない娘が、自ら一生懸命立つことに努力しているのである。そして、もうただ手に持っているだけで気休めにしかならない毛布から手を離し、ついにほんの数秒だが立って見せたのだった。妻と二人で「おお、すごいすごい」と声をかけ手をたたくと、娘は同じことに挑戦して、今度は立ちながら自分で手をたたいたのだ。
 やった、これは完全に立っている。娘は必死な形相で何とかふらふらするのを踏ん張って立ち上がり、嬉しそうに自分で手をたたく動作を、あきずに何度も何度も繰り返した。あんなにもとことんやる気のない我が娘が、自分からこんなに一生懸命になってなにかに努力して成し遂げる姿を私は始めて見た。鳥肌が立つような感動だった。妻は笑いながら泣いていた。娘はひたすら楽しそうだ。私も嬉しくて泣けてきた。
 それから娘は、翌日には随分長くたてるようになり、たった二日で左足だけだが前に一歩踏み出せるようになった。三日目にはさらに長く立てるようになり、立ちながらいろんな動作を複合的にこなすようになってきた。そしてその後たった1週間で、実はもう結構歩き回っていたりするものだから、本当に問題だったは本人のやる気だけで、歩く力はだいぶ前からあったんだろうなぁとしみじみ思った。ちょっとしたきっかけさえ掴めば子供の成長は本当に早い。買う必要はないだろうと思っていた子供用の靴も、今となっては用意せざるを得ない。うまいもので上手にバランスを取ってこけたりしないで歩けるので、走り出すのも時間の問題だろう。
 こんな話を私の母親にして「我が娘ながら僕に似て本当にのんびりしたものでさ、ようやく立てるようになったよ」と、幾分誇らしげにいうと、「あんたの場合、確かに1歳4ヶ月ぐらいで歩き始めたけど、無茶苦茶どんくさくて、こけてはしょっちゅう頭打ってたわね」と言われ、「なんと娘は早くも父親を超えていたのか」という事実が発覚し、ちょっとしょげた。

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