いよいよ2008年が開幕した。開幕したといっても、ただ単に一日が終わってまた次の一日が始まったにすぎないが、そこに色々と意味を持たせて気持ちを刷新するというのは、人間ならではの素晴らしいケジメだと思う。何も考えなければ何でもない一日でも、気持ち一つでその意味を変えられるというのは、正月に限らず人生にとってとても大事なことだと思う。
新年早々、ある同窓会があった。その同窓会の意義としては、そのメンバーにとってちょっとしたメモリアルがあって、それをきっかけに長い間行わなかった同窓会をやることになったのだが、かなり長い年月会わなかった友達と顔を合わせるのはなかなか刺激的な体験だった。会わなくなってからの情報を何一つ共有しない者同士で顔を付き合わせるわけだが、かなりのメンバーが互いに顔はわかるが名前が思い出せない。話し合うべき話題も、昔話を除いて何もない。ただ単に、顔をつき合わすだけで、ひたすら懐かしいのだ。どちらを向いても、その一挙手一投足が懐かしい。話すことはすぐ尽きるのだが、案外それはそれでよかったりする。話す間が空くと、笑えてくるから不思議だ。
私はかつて、月日が経つということをある種恐れていた。知らぬ間にどんどんと時間が進み、年をとり、色んなことが過去になっていく。自分が胸のうちに秘めた硬い決意も、いつしか風化して形を失っていくし、友や友との思い出も、日々に追われているうち記憶そのものが失われていく。全然変われないまま過ぎてゆく日々にも、一方でどんどん変わっていってしまう自分にも、とても失望する。停滞は後退と同じだということを身にしみて感じる。
でも、長い年月会わなかった人たちに会えたことで、時間が経つということの素晴らしさも実感した。時間が経つことで見えてくることもある。彼らに会うことで、当時の自分にも再会した気がして、その当時の若さ、傲慢さ、浅はかさを理解することができた。そしてそれが「新しい今の自分」を発見することにつながった。私は人間として古くなったのではなく、知らぬ間に新しくなっていたのだ。また、みなと再会することで、古くなった友情を新しい友情に刷新できたようでもある。縁しなければその関係は変化しようがないが、時間を経て縁することで新しい友情をつなぐことができる。時間が経つということは、過去が古くなるのと同時に、新しい時間が始まることなのだ。
「新しい」ということそのものに、とても夢と希望があると思う。始めからマイナスはないからだ。始めは常に1だと思う。良い事も悪い事も、過去はすべて0という原点に収まって、新しいことは1から始まる。だから新しいことは素晴らしい。
年が明けるということも、とても新しい。連続した一日一日に違いないが、一年を改めて新しくスタートするという文化は素晴らしいケジメだと思う。そして改まるのは年だけではなく、自分自身も改めることができるはずだ。
今日から仕事初め。今年の決意は、「攻め」の一点だ。ロシアの大詩人プーシキンの言葉を借りると「ほとんど、すべての場合、攻勢は守勢に勝る」である。昨年までは忙しさに押し流され、何かと惰性に陥っていた自分があった。停滞や後退していた過去はとりあえずすべて原点の0に収めてしまおう。今日から、1からスタートだ。先手先手で前へ前へ、自分の決めた道を進みたい。
今年の決意
コメント
新春
あけましておめでとぅ☆
併せて、お誕生日おめでとぉ♪>娘様
面白く拝読させていただいております。
またそちらに行くときにはこっそり「時間を経て縁」を結びに行きます。
我が家は新年早々娘二人インフルエンザで嫁と私はぼろぼろでした。
マイナスからのスタートなのでマイナス1を掛けようと「攻め」ます。
ことしもよろしくぅ。
奥様にもよろしくお伝えください。
キング様、我が家(ブログ)へのご来場、ありがとうございます。
お忙しい中、時間を割いていただいて感謝します。
今度はリアル我が家に、また来てね。
- 2008/01/15(火) 14:09:29 |
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