家内との折り合いがついたので、タイ古式マッサージにいってきた。店の目星はすでにつけていたので、行くと決めたらとにかくすぐにでも行きたくて、飛込みで店に入った。
店内に入ると、すぐ店長が現れて「初めての方ですね」と声をかけられた。事前にHPで店のことを調べていたので、店長の顔は知っていた。100%日本人らしいが、背が高く痩せていてどうも日本人離れして見える。「実はタイ人なんです」と言われれば信じただろう。
そのまますぐに店の奥に通されて、一切の手続きなしにまず着替えを勧められた。施術室と思われるカーテンで仕切られただけの個室様の部屋でティシャツとだぼだぼの半パンのようなものに着替える。スーツからその姿になっただけでも大変な開放感だ。この姿でソファなどに座って、ビールを飲みながらテレビの野球中継でも見ていれば、さぞ絵になるに違いない。
着替えが終わったことを確認すると、部屋からカーテンの外に出て、足を洗浄してもらう。担当に付いてくれたのはアジア系外国人風のぽっちゃりとかわいらしい感じの女性だ。熱すぎない適度なお湯の入った足湯用容器に両足をつっこみ、あとはされるがままに洗浄してもらう。足を洗ってもらうという経験は初めてだが、なんとも言えぬ気持ちよさがある。私はその間に、問診票のようなものに記入していたのだが、足を洗ってもらってることにうっとりとしてしまい、ペンを持つ手に力が入らずうまく書けないほどだった。
問診票を受け取りに先ほどのタイ人まがいの店長が現れて、コースを聞いてきたので、間をおかずきっぱりと120分のタイ古式マッサージをお願いした。このコースこそが、この店を利用する客のほとんどがリピートするという、看板コースなのだ。無言のうちにも「決心は固いのですよ、店長」と目で訴える私のきっぱりとした熱意がタイ人まがいに通じたのか、彼も口元に笑みを浮かべながらも「覚悟はいいんですね」と力強くうなずいてくれた。ような気がした。
引き続きアジア系の笑顔の愛らしい女性が担当してもらえるらしい。私は彼女と一緒に先ほどの部屋に入り、「仰向けに寝てください」とたどたどしく言われて、こちらもあたふたと指示に従う。お互いになんとなく、ぎこちない。やはり彼女は外国の人らしいのだが、こちらはなにぶん初体験なんだし、あれこれと世間話でもしてリラックスさせて欲しかったのだが、それは望めそうにもないと諦めるしかなかった。
マッサージが始まると、愛想のいい笑顔は真剣な表情の後ろに消え、彼女の姿からは思いもかけぬ力強さで私の体はあちこちをこねくり回された。聞きしに勝るとはこのことで、目を瞑っていると一体どこをつかってどのようにしているのか、想像もつかない不思議な刺激が矢継ぎ早に繰り出されてくる。単純な揉むとか、押すとか、伸ばすという感じではなく、体中にある「筋」的な何かを中心に末端に溜まった血や老廃物を流し込み循環させていくというか、粘土で言えば形を変えてしまうような感じではなく、ほぐし溶かしていくような、そんな感じであった。
じっくり時間をかけて仰向けでのマッサージが終わると左右の横向き、うつ伏せへと流れるように施術は進んでいく。この辺になって突然、指圧系からストレッチへと重点が変わる。タイ古式マッサージを二人でするヨガという表現があるが、「これのことかっ!」と思いしらされるような、驚くべき技をめまぐるしくお見舞いされる。これは、一体本当に大丈夫なのだろうか、と不安になるような危険な技に、思わず抵抗してしまいそうになって、たどたどしい日本語で「力を抜いてください」と笑われてしまった。さらに技のダイナミックさが増していく。それが最大に達したのは、座らされてからだったと思う。つまり座位での上半身ストレッチだが、やられている最中はとにかく単純に痛い。それほど強い痛みではないのだが、バキバキッととんでもない音が体のあちこちから聞こえてくるので、痛み以上の不安が募ってくるのだ。いや、このままなすがままにしていると大変なことになるのではないか、という恐怖がたいした痛みでもないものを痛いと感じさせるのかもしれない。
座位の究極ストレッチが終わると時間的にもほぼ終わりで、真剣な表情だった彼女にも少しリラックスした雰囲気がでてきた。私も妙な恐怖心から解放されて、ほっと一息ついて彼女との会話を楽しんだ。たどたどしいと思っていた彼女の日本語も、日常会話をしてみるとそうでもなく、案外普通のやり取りが可能だった。モンゴル出身で日本はもう随分長く、タイ古式マッサージ暦も2年以上あるという。この店には今日デビューしたばかりだと聞いて驚いてしまった。なんだかぎこちない雰囲気だったのは、お互いが初心者同士だったからのようだ。
すべてが終了すると受付横のスペースでお茶が振舞われた。「どうでしたか?初めての古式マッサージは」、タイ人まがいの店長が人懐っこい笑顔で話しかけてくる。私は「いやはや、堪能いたしましたよ」と苦笑いで答えた。料金を払おうと立ち上がると、すかさず「とっても姿勢がよくなりましたね。表情も明るくなりましたよ」と言われた。そう言われると、なんだかそんな気がしてくるから不思議だ。そりゃあれだけバキバキ背中から音が聞こえたんだから、何の効果もなければやられ損だとも思ったが、終わってみるとすべてが「気持ちよかったこと」のようにも思える。店長は私の心を察したのか、「気持ちよかったでしょ。私もこの気持ちよさの虜になって、タイで修行して向こうに店を持っちゃったほどなんですよ。今は、日本の皆さんにもこの気持ちよさを知って欲しくてがんばっているんです」と嬉しそうに続ける。身も心もタイに魅せられた男が、見た目にもタイ人っぽくなるのも無理からぬ話である。「店長、あんた男だね」とがっちり握手を交わしたくなるほど共感した私に、彼は「またお待ちしております」と営業スマイルで見送ってくれた。






