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吉村ゴンゾウあわー

自作のショート・ショートや読書感想などをアップしています。気負わず適当にやります。テーマは「中途半端を恐れない」。

一目百万本のつつじ

一目百万本
 こちらの画像は、私にとってゴールデンウィーク唯一の思い出の写真。
 娘が原因不明の発作的な咳で弱ってしまい、私の連休のほとんどは娘の看病をして過ごすことになった。ようやく体調が回復し始めたのが5日で、ゴールデンウィークも最終盤の6日になってどこかに遊びに行こうということになったのだ。
 とは言っても、体調万全ではない娘を連れての行楽となると、あまり派手なこともできない。しかし普段あまりできないことをしなけりゃ面白くない。そこで、ちょびっと足を伸ばして、奈良県に。久しぶりに借りたレンタカーをかっ飛ばして奈良は御所市に向かい、そこでちょっとした知り合いにご挨拶。それも「ここら辺で今時見ごろの名所なんかありませんか」と、地元住民に聞くためだったりする。
 紹介してもらったところは葛城山。奈良県御所市と大阪府南河内郡千早赤阪村との境に位置する山で標高は959.2m。金剛生駒紀泉国定公園内にあり、北の二上山、南の金剛山とともに連峰をなしている金剛山地の山の一つだとか。
 この山の何が見ごろなのかというと、葛城山南西斜面にある「一目100万株」と形容されるヤマツツジが咲いて、山が紅く染まるのがちょうど今頃というのだ。つつじで山が紅いとは、一体どんな感じだろうと思ったのだが、どうやらこのヤマツツジは本当に紅いらしい。聞いたところによると、ある日山を眺めていた人が葛城山の山頂付近の広大な面積が真っ赤に燃えているのを発見し驚いて駆けつけてみると、山火事ではなく自然に群生したヤマツツジの乱れ咲きだった、という逸話が残っているという。しかし一目百万株とはどれほどのものか。
 ぐっとやる気の起こる話を聞かされて、私達は一路葛城山のふもとへ。葛城登山口駅からロープウェイで山頂にたどりつくと、季節が2ヶ月くらいさかのぼったかのようなひんやりとした気温。温度計を見ると13度というので、ふもとで半そで姿だったわたしもすぐさま長袖のシャツを羽織った。昼過ぎだったので、すでに山を降りてくる人たちもいる。そこで少し話を聞いてみると、「ちょうどあと一週間で開花するだろう」とのこと。今はつぼみばかりで「山火事かと見まごうほど真っ赤」には程遠い状況だという。それは確かに残念だが、来週はもはやゴールデンウィークではないし、開花直後はとんでもない混雑が予想されるというので、まあつぼみぐらいがちょうどいいじゃないか、と開き直っていざ山登り。
 約15分ほど登ったあたりに茶店みたいなのがあって、そこで蕎麦をすする。そこからもう少し先に進んだあたりで、急に視界が下方向にバッと広がるとつつじ園だ。それまで木々に包まれるような山道をせこせこ歩いていて、あるとき頂点にたどり着いて急に視界が広がると、なんとも不思議な感動がある。ロープウェイで上まで上がったのだからもういいやとか、もうこの辺で引き返そうとか、どうせつぼみ程度のつつじなんでしょとか、もう全部ひっくり返しちゃって、歓喜がドバッと突き抜けるようななんとも言えぬ達成感。山はいいねぇ。と初めて思った。
 大パラノマの壮大な景色に、人生の新しい発見がある。そう思えてならない。地面に座り込んで感じる山肌をなめるようにして通り抜けていく冷たくさわやかな風は、この日最大のご褒美だった。疲れ果ててたはずの私は高原を走り回り、急な斜面を転げ落ちながらも、なんとかそれでも早咲きのツツジ群を発見し撮影したのが下の写真。
 帰り道は、先ほどの茶店でソフトクリームを買って、パクパク食べながら楽しい下山だ。ロープウェイで急速に下界に吸い込まれていくのを感じながら、また山に登りたいと久しぶりに夫婦で同じことを思った。3分咲き

ドラゴンボール完全版を一気読み!

ドラゴンボール―完全版 (29) (ジャンプ・コミックス)ドラゴンボール―完全版 (29) (ジャンプ・コミックス)
(2004/02/04)
鳥山 明

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 実家の取り壊しならびに引越しに伴って、我が家に運び込まれた秘蔵の品々の中に、ドラゴンボール完全版の全巻が含まれている。というより、この全巻セットを一気読みしたいがために、わざわざ実家からさまざまな物を運び込んだというのが実のところだ。
 完全版が出始めたのはいつの頃だったろうか。おそらく、私の記憶が正しければ2002年の年末頃だったと思う。毎月2巻ずつ発売され、それを1年以上かけて地道に買い揃えたのだ。その毎月の発売日を今か今かと待ち遠しくしていた日々を懐かしく思う。それは、少年時代に週刊漫画雑誌の発売日を指折り数えて待っていた頃に近い感覚だ。
 もちろんすでに発売されているコミックの全巻セットを大人買いする道もあったし、マンガ喫茶にでも通って読み続ける手もあった。しかし、あえて発売日を待ち、一体この先はどうなるんだ、と思いを巡らしながら過ぎていく一ヶ月間というのは、それはそれで甘い快感をもたらしてくれる、まさに大人の贅沢だった。少なくとも私の子供時代にはこの快感を味わう器はなかっただろう。
 しかし、一年以上もかけて買い揃え、ちょっとずつストーリーを追いかける読み方では、結局のところ全編を通して読破したときに見えてくるものは得られない。一気読みこそ、全巻セットの漢華(おとこばな)!と信じている私だが、どうしたことか、ドラゴンボール完全版が全巻発売し終わる前に結婚してしまい、実家を出ることになったのだ。引越し先はとても狭い部屋だったので、とうてい私の荷物を運び込むスペースはなく、一人暮らしだった妻の荷物をそのまま持ってきて生活がスタートしてしまった。かくして、揃う寸前だった完全版の既刊分はすべて実家に残し、私は結婚後の最終月に発売された2巻分だけを持っていた。
 その積年の全巻セット一気読みの夢がついに叶う。私の心は打ち震えていた。思う存分、好きなだけ、読み進めることができる自由さ。しかもあのドラゴンボールをだ。私は1巻をおもむろに手にとって、貪るように読み始めた。あっさりと1巻を読み終え、2巻に手を出したときに、一瞬「やばい」と後悔を覚える。もうとめられないと確信したからだ。あまりにも面白い。面白すぎる。ついにその瞬間から、三日三晩に渡る不眠不休の闘争が幕を開けたのだった。
 私がもっとも好きなストーリーは、ずばりナメック星編だ。ありきたりだが、好きなものはしかたない。地球の戦士がほぼ全滅させられドラゴンボールも失ってすっかり絶望的だったところから、宇宙規模で新しい希望が生まれて、その僅かな希望にかける地球人達。一方で、よこしまな悪巧みから同じくナメック星を攻略しようとうするフリーザ一味と、フリーザに惑星を滅ぼされ密かに謀反を開始したべジータ。この敵同士の3者の思惑が交差するナメック星では知恵と力がぶつかり合い、繰り返される絶望と逆転。そのバックグラウンドで徐々に存在感を肥大させてくる伝説のスーパーサイヤ人を巡るサスペンス。そしてついにあらわしたフリーザの正体と本当の恐怖。小手先のテクニックや小ざかしい知恵などでは到底覆らない、そこに至るまでのすべてを茶番と化すほどの圧倒的な力量の差が、再び地球人達覆い、ついにべジータも息絶える。しかし、その圧倒的な強さゆえに、伝説のスーパーサイヤ人が覚醒してしまう。星もろとも消し飛んでしまうほどの戦いの末、フリーザもスーパーサイヤ人悟空も宇宙の藻屑となって消えてしまう。なんとも壮絶な最後ではないか。
 しかし、ここからさらに物語りは次々と発展するわけで、未だに語り継がれるあのあまりにも衝撃的なトランクスの登場以降はさらに強さの桁が変わってしまい、ダントツで強かったあのフリーザがさらに強くなったのを一瞬で倒せるほど強いトランクスがまるで勝てない人造人間を取り込んで無茶苦茶強くなった完全体のセルを木っ端微塵にできる悟飯って、あきらかに純潔のサイヤ人よりも年齢的に考えても強いし、同じ混血のトランクスよりはるかに強いことになるわけで、その悟飯より才能に恵まれている悟天がトランクスと合体してしかもスーパーサイヤ人3になっても勝てない純粋悪の魔人ブウに、悟空やべジータなんかが敵うわけないと思うんだが。以下略。
 ちなみに、一番好きなキャラクターはベジータだ。誇り高く、ニヒルで、しかして行動力があり、強さに対しては純粋で熱い漢。彼ほど作中で成長し変貌を遂げた人物はいないのではないか。ベジータ登場以降の物語は、残虐非道で自己中心的だった唯我独尊思想の彼が、他を頼み、他を助け、他を認めるようになるまでのストーリーともいえる。第3形態のフリーザに手も足も出せずに殺され、涙を流して悟空に仇討ちを頼む姿あり、息子トランクスがセルに殺されるのを見て激昂し勝てぬ戦いに挑む姿あり、バビディの魔術にわざとかかってなお意思を曲げずに命令を唾棄し、あくまで悟空との決着を望んだ経緯を独白する姿あり、いかにも人間的な己の存在意義を正すような葛藤を繰り広げた挙句、家族を守るために自爆を選ぶ潔い姿あり。最後にはあれほどこだわった最強の自負とプライドを捨て、ライバルの悟空に対し、おまえがナンバーワンだ、と賞賛するに至る。ベジータファンとして、無意識にベジータ目線で作品を一気読みしてしまったのかもしれないが、いつでも期待を一身に受け、しかもその期待にちゃんと応えてくれる悟空よりも、人格的に未完成で成長過程がゆえに、不器用で時に歯がゆい彼の言動をそれでも応援しながら見つめている方が私は好きだ。ブルマの「ああみえて、いいところもあるのよ、・・・・・・たぶん」という発言に私はとても共感している。
 それはともかく、ドラゴンボールは本当に今もって面白い。私は「一気読みしてこそわかる魅力もあると」思うので、時間の許す方は是非とも挑戦してみて欲しい。

本やマンガに囲まれる幸せ。

 仕事やプライベートでさまざま思い悩む日々があり、またまた更新が頓挫してしまった。長期放置は別に珍しいことでもないが、ネタがないわけでもないのになんだか記事を書く気になれず、ちょくちょくカウンターやコメントの確認だけをして、よし書こうと決めても数文字を打ち込んではすぐ消去するような状況だった。これではいかん!と思いつつも、いつも頭がスッキリせず、やる気がおきない。自己分析では今のところ睡眠不足と断定しており、睡眠と朝食のいい加減さが一日のリズムを決めているように感じる。
 理由の一つに、実家の引越しがあげられる。私の生家は、私の誕生とともに建てられた年代モノの木造一戸建てで、あらゆる面で限界が訪れており、もはや人の住める状態ではなくなっていた。どのへんが「住めない」のかというと、まずは空調。古すぎるがゆえにエアコンが全滅していて、どこからか隙間風が吹き込んでおり、部屋の中でも外にいるのと同然。それどころか1階リビングのフローリングは鉄のように冷たく、むしろ部屋にいる方が寒いくらいでこの冬も部屋の中で上着が脱げなかったという。また10年ほど前から家の傾きがどんどん酷くなっていて、初めて我が家に来た人はとたんに平衡感覚が狂い、数時間で船酔いのような状態になってしまう。さらに、隙間に傾きという悪の相乗効果のせいで扉関係に支障をきたしており、それがまた状況を悪化させている。関連して虫やねずみが我が物顔で住み着いており、普段から掃除をまめにしないこともあいまって、何かを片付けてどうにかなる状況ではなくなってしまった。不思議なことに掃除しようとすると部屋が汚れるという、手の付けられない家なのだ。
 問題は住む人の側にもある。私のは母は先天的に足の付け根に異常があり、それが年齢と共に悪化して、ついには歩行困難の一歩手前まできてしまった。もちろん実家はバリアフリーなんて概念のない時代に建てられた家である。健脚の方でも思わず足がすくむような恐ろしく急な階段や、そこかしこに罠のようにしかけられた段差を見るにつけ、母はだんだん家の中での生活が億劫になってきたという。父が死に、私が家を出たことで家が広すぎる問題もある。そこで、わが親は二束三文の土地を売り払ってマンションを購入し、この4月から心機一転新しい生活をはじめることにしたのだった。
 実はここからが私の睡眠不足と関係してくるのだが、引越しに当たっての最大の難関はなんと私にあることが引越し間近という今頃になってようやくわかった。私は結婚を期に実家を出て少しだけ離れたところに住み始めたわけだが、新婚当初は干からびたボロアパートに住み着いたため、そのあまりの狭さにほとんど何も実家から持ち出すことができなかった。そして2年で新築マンションを購入し今の家になったのだが、それでもそんなに広くなったわけでもなく、結婚後に増えていったモノを押し込めて生活が安定してしまっている。実家から何かを持ち出すということを少しも考えなかったのだ。
 さて、問題の私の荷物の内容である。私は幼い頃からモノを捨てる習慣を身に付けてはいなかった。ねずみの糞まみれになっていた屋根裏からは、私の幼稚園から高校までのすべての資料が発掘された。すべての資料とは、まさにすべてである。教科書や成績表、アルバムや卒業証書はもとより、ノートやテスト、授業で配られたプリントまで12年分がでてきたのだ。これを今の私にどうしろというのだろう。当時の私に聞いてみたいと思ったが、恐らくはたいした意味もないに違いない。ただなんでも残しておくということが習慣であるだけなのだ。もちろん詳しくは解剖せずに、目をつぶってゴミ袋にいれることにした。ほこりやねずみの糞や、とにかくなにかわけのわからないものが、それらの全体を覆っていたからである。
 そんなゴミはもはや問題ではない。それよりもなによりも、大変なのは本やマンガだった。とにかく捨てないのが我が家の流儀である。活字中毒だった私が何のためらいもなく買ってきた本たちは、家のありとあらゆるところに眠っていた。なぜならば、本棚などという矮小なスペースに収まるような半端な量ではないからだ。勉強机の引き出しや足元はもちろん、あらゆる家具の天面にも無造作に積み重ねられているし、それは押入れ・食器棚・たんす・トイレにまで及び、くだんの屋根裏のほとんどのスペースからも大量の書籍やマンガが見つかった。そこで見つけたものには父が遺した本も含まれる。見知らぬ本やマンガ、雑誌を大量に発見したときには、血のつながりというものの恐ろしさに一瞬の眩暈を感じたほどだ。
 しかし戸惑っている暇はない。しかし、やっぱり本はどうしても捨てられない。かといって自宅マンションには持ち帰るスペースもない。ああ、どうしよう。といっているうちにいよいよ引越しの期限が迫ってきてしまった。こうなれば苦肉の策である。嫁をしつこく説得し、とりあえず私の部屋に入る分だけの了承を得て、選別を行うことにした。選別といっても内容をいちいち確認している余裕はない。大雑把なガイドラインを決めて、後は機械的に振り分ける必要がある。まず、屋根裏から見つかったもののほとんどは傷みや汚れがかなり酷い。さわることも躊躇するようなものは当然持って帰れない。次に、マンガについては不揃いで半端なモノは涙を飲んで捨てることにする。雑誌は無条件で捨てる。父が好きだった怪奇ものやオカルト、FUO関連の書籍・雑誌・マンガは残念だが読まないだろうとのことで捨てる。小学生のころよく読んだハードカバーの子供向け単行本は捨てる。でも絵本だけはとっておくことにしよう。あと、中学生の頃好きだった雑学系の文庫本は、情報が古いし今更読み返すこともないだろうから捨てる。高校の頃貪り読んだ推理小説はとっておこう。それでもハードカバーの単行本はでかくてじゃまだから、できるかぎり捨てる。もう読まないだろうな、と思ったら深く考えずにすぐ捨てる。でもやっぱどうかな、と思ったときは一応とっておく。そんな感じで、何日かに分けて作業をしていくと、気づけば約半数が捨てられることに決定してしまい自分でも結構驚いた。なにせ、今まで一度も本捨てたことがないものだから、その事実に少なからずショックを受け、しかし次の瞬間には「逆に言えば残り半数を家に持って帰ることになる。そんなこと本当にできるのか」と思い、思い切って捨てられた本のことは忘れることにした。
 とりあえず、大き目の段ボールにがんがん詰めて自宅に着払いで宅配してもらい、段ボールまま私の部屋に押し込めてみたが、その大きな段ボールの数が二桁になってしまったために、ついには私の部屋から私があふれることになった。なにぶん、すでに収まりきらないほどの本がその部屋に押し込められていたのだ。そこに大型段ボールが10箱以上も来たのではたまらない。私の選別は今も続いているのである。まずは現行の本棚を見直して、捨てるべきものは捨てなくてはならない。しかし、これは惜しい。惜しいが捨てねばならない。ではどれから捨てるか優先順位を付けねばならない。本棚に入ることが許されるAグループ。机の引き出しや足元に回されるBグループ。押入れに積上げられるCグループ。そして捨てられてしまうDグループだ。単純にDグループだけを選び出して先に捨ててしまえば済むのだが、そうもいかない。一応、すべてを見比べて、相対的に順位が決まるのである。なぜならば、本当はみんな捨てたくないからだ。しかも自宅での作業なのだから、時間に迫られて今すぐ選び出さねばならないという状況ではない。じっくり吟味して選ぶことが許されるのだ。妻さえ黙っていてくれれば。
 というわけで、ここまでくれば私が慢性的な睡眠不足に陥っていることに説明を加える必要はないだろう。私は夜な夜な、口許には嬉しそうに半笑いを浮かべながら、積上げられた本に囲まれていそいそと本棚の整理をしているのだ。実を言うと、これほど楽しい作業はない。捨てること事態には痛みがあるが、あれやこれやとパラパラと味見をしつつ、アルバム写真をながめるようにしていると時間の経つのを本当に忘れてしまう。
 妻を欺いてかなりの本やマンガを家に持ち込んでしまったことは夫婦間において大変な借りを作ってしまったことになるが、それでも私は満足だ。これからもどんどん本やマンガは増え続けるに違いないのでスペースの確保は大変な問題だが、いつかリビングを占拠して大型の本棚を導入してやろうと密かに計画している。今から妻の怒り狂った顔が思い浮かぶようだが、それでも私は満足なのである。

テーマ:▼どうでもいい話 - ジャンル:日記

電車の事故

 先日、私と大変関係の深い人のご親族が電車にはねられて亡くなった。身近に電車の人身事故が起こったのは初めてのことだ。
 車での交通事故もそうだが、あまりにも日常的に、生活のすぐそばで、一つ間違えばいきなり命を奪われる環境で生きていることを思い出させられる事件だ。たまたま知り合いの親族という関係だったが、事故で死んだのは私や私の親族だったかもしれない。そういうことに目をつぶって生きているんだな、私たちはやっぱり。
 別に線路を歩いていたわけではなく、ホームの上でしかも停車しかけの電車に体の一部がちょっと触れただけのことである。ご本人がどのような状況で白線の内側から出てしまったのかは想像すら容易でないが、私だって混雑時にそこを通ることもあるし、学生の頃は友人とふざけあってそこに飛び出したこともある。酔っ払ってホームの上を歩くときは、ふらふらとそこを歩いているかもしれないし、体調が悪ければそこに倒れこんだかもしれない。いずれにせよ、電車との接触はなにも特別なことではなく、私たちは常に死と隣り合わせにあるということだ。
 自分が死ぬなんて一瞬も思わずに、いきなり生命を奪われるというのは、周囲にとっても本人にとってもやはり残酷なことだと思う。残されたご親族に少しお話を聞いたが、ショックが大きすぎていつまでも頭の整理がつかないまま、何も考えられないといった様子であった。自身にあてはめて考えると、胸が潰れそうな気持ちになる。
 調べてみると、電車に接触して大怪我を負ったり死亡したりする事故は、結構あちこちで起こっているらしい。車の交通事故ほどでないにしろ、ごくありふれた出来事なのかもしれない。その割には、みなあまり恐怖感をもってホーム歩いていないのではないだろうか。ホームを歩くということは、もしかしたら電車に接触してしまうかもしれないところを歩いているわけで、万が一走行中の電車に接触してしまったらまず無事ではすまないということも頭に入れておかねばならない。
 もしこの文章を最後まで読まれた方がいらっしゃるなら、是非ホームを歩くときに思い出して欲しい。そこで、その場所で、本人の意図とは関係無しに、突然命を断たれた人が沢山いることを。「よし、これからは今まで以上に気をつけよう」と誰かに思ってもらえるのであれば、胸を押しつぶされるような気持ちでこの稿を書いていることも少し報われる。このような事故をたった一件でも減らしたい。そう心から思うのだ。

今年の決意

 いよいよ2008年が開幕した。開幕したといっても、ただ単に一日が終わってまた次の一日が始まったにすぎないが、そこに色々と意味を持たせて気持ちを刷新するというのは、人間ならではの素晴らしいケジメだと思う。何も考えなければ何でもない一日でも、気持ち一つでその意味を変えられるというのは、正月に限らず人生にとってとても大事なことだと思う。
 新年早々、ある同窓会があった。その同窓会の意義としては、そのメンバーにとってちょっとしたメモリアルがあって、それをきっかけに長い間行わなかった同窓会をやることになったのだが、かなり長い年月会わなかった友達と顔を合わせるのはなかなか刺激的な体験だった。会わなくなってからの情報を何一つ共有しない者同士で顔を付き合わせるわけだが、かなりのメンバーが互いに顔はわかるが名前が思い出せない。話し合うべき話題も、昔話を除いて何もない。ただ単に、顔をつき合わすだけで、ひたすら懐かしいのだ。どちらを向いても、その一挙手一投足が懐かしい。話すことはすぐ尽きるのだが、案外それはそれでよかったりする。話す間が空くと、笑えてくるから不思議だ。
 私はかつて、月日が経つということをある種恐れていた。知らぬ間にどんどんと時間が進み、年をとり、色んなことが過去になっていく。自分が胸のうちに秘めた硬い決意も、いつしか風化して形を失っていくし、友や友との思い出も、日々に追われているうち記憶そのものが失われていく。全然変われないまま過ぎてゆく日々にも、一方でどんどん変わっていってしまう自分にも、とても失望する。停滞は後退と同じだということを身にしみて感じる。
 でも、長い年月会わなかった人たちに会えたことで、時間が経つということの素晴らしさも実感した。時間が経つことで見えてくることもある。彼らに会うことで、当時の自分にも再会した気がして、その当時の若さ、傲慢さ、浅はかさを理解することができた。そしてそれが「新しい今の自分」を発見することにつながった。私は人間として古くなったのではなく、知らぬ間に新しくなっていたのだ。また、みなと再会することで、古くなった友情を新しい友情に刷新できたようでもある。縁しなければその関係は変化しようがないが、時間を経て縁することで新しい友情をつなぐことができる。時間が経つということは、過去が古くなるのと同時に、新しい時間が始まることなのだ。
 「新しい」ということそのものに、とても夢と希望があると思う。始めからマイナスはないからだ。始めは常に1だと思う。良い事も悪い事も、過去はすべて0という原点に収まって、新しいことは1から始まる。だから新しいことは素晴らしい。
 年が明けるということも、とても新しい。連続した一日一日に違いないが、一年を改めて新しくスタートするという文化は素晴らしいケジメだと思う。そして改まるのは年だけではなく、自分自身も改めることができるはずだ。
 今日から仕事初め。今年の決意は、「攻め」の一点だ。ロシアの大詩人プーシキンの言葉を借りると「ほとんど、すべての場合、攻勢は守勢に勝る」である。昨年までは忙しさに押し流され、何かと惰性に陥っていた自分があった。停滞や後退していた過去はとりあえずすべて原点の0に収めてしまおう。今日から、1からスタートだ。先手先手で前へ前へ、自分の決めた道を進みたい。

「偽」について思うこと

 財団法人日本漢字能力検定協会が毎年発表している、今年の漢字。その年の世相を表す漢字一字に「偽」が選ばれた。清水寺の貫主が、巨大な半紙に「偽」と揮毫した後、大きく嘆息して「このような漢字が選ばれることは日本人の一人として恥ずかしい」旨の発言をしていた。
 いつわる、や、ニセ、などと後ろ向きな意味に使われる漢字だが、これが選ばれた趣旨は、一年を振り返って食品の偽造問題が相次いだ事に違いない。「疑」という漢字も上位にエントリーされていたわけだから、「嘘偽りが蔓延する社会を眉をひそめて疑っていかなくてはならない」というのが世相ということなのだろう。なにも食に限った話ではないが、それにしても食品を取り扱う企業が長期に渡って消費者を騙し、利益をむさぼってきたことに怒りを覚える。到底「まぁ所詮そんなものですよ」とあきらめる気にはなれない。
 企業を動かしているのは結局は人であり、人の心が正常に機能すれば、どこかの段階では歯止めがきいたのではないかと思う。もちろん、厳しい上下関係の中で、肯定も否定もなく従うだけの職場環境では声を上げることはできない。現場レベルでは変えられないこともある。しかし、もっと川上の上流の方では、もしかしたら誤りを是正できたかもしれない。「これはマズイことをやっているな」と思いながらも、みすみすやり過ごしてきた立場の人がいなかっただろうか。
 これらの事柄の根底に、食をないがしろにし、ぞんざいに扱ってしまうような風潮が、現代飽食社会のどこかにあるような気がする。こんなこと思ったのは、話題になった「テラ豚丼事件」や、高校生がミクシィでバイト中にある昆虫に衣をつけて揚げたと書き込んだ「フライドゴキブリ事実無根事件」を耳にしたからだ。話題の中心人物≒現代人≒日本人全部、とはまったく思ってないが、こういうことを「面白い冗談」だと思ってる連中や、思わせてる連中が少なからず日本人の中にいるんじゃなかろうか。そういう風紀というか、世界観が定着しつつあったら大変だと思うのだ。
 食に対する慎みのなさの表れ方が「利益重視だから」か「ふざけ半分で」というだけで、「これくらいなら」という油断が事件を起こしたという点で、これらのことはよく似ていると思う。「偽」や「疑」が世相を表す漢字だというのは確かに恥ずかしいが、これからは皆が一切の油断を排し、恥の上塗りをしないようにすることこそが重要だと思った。

テーマ:気になるニュース - ジャンル:ニュース

いつもそこに君がいた

 ふとよけいなことにお金を使ってしまうくせがある。この日も、つまらないことをきっかけに、懐かしのアニメソングを聴いてみたくなってしまった。古いアニメに使われていた楽曲は、バンドが解散してたり、レコード会社が倒産してたり、廃盤になってたりして、実はなかなか手に入りにくい代物となっていることがある。つまり、ネットで音楽ダウンロードしようにも、売ってないわけだから、買えない。P2Pなんてもってのほか。そこでアマゾンの中古で検索をかけると、プレミア価格になってて「なんでシングル一枚で4000円もするんじゃヴォケ!」ということになってたりする。

 ページをめくると いつもそこに君がいた・・・

 決して、「YAWARA!」を探していたわけではなかった。最初は、大人しく本棚の整理をしていただけだったのだ。ところが、本棚というのは私にとってアルバムのようなもので、整理が目的だったはずが、「ああ、これはあの頃に読んだ本だな」とか「おや、これは確かあの人に紹介してもらったやつじゃないか」とか「そうそう、この本のこの辺がすごく泣けて泣けて、えと、どこだっけ」なんてやってると、気がつくと自分の周りに本が散乱してたりするわけだ。
 本棚には、現在のところ文庫本とコミックが一緒に並べられている。これは、昨年引っ越したことと関係があり、まだ満足のいく書架環境が整備されていないからで、現段階はその過渡期にあたるのだ。引越し当初、大きな本棚を一基仕入れたのだが、今年に入って文庫本の量が増えてきたので、到底同じ場所にコミック類を置いているスペースがなくなってきた。新しい本棚を購入する資金もないので、とりあえずは本棚を整理して、100円均一で買ってきたブックストッカーにコミック類をまとめてみよう、ということになったのだ。
 私は読書を趣味としているが、文庫本と同じぐらいコミックも読む。しかも、すでに連載が終わって完結しているのを全巻セットで買ったりするもんだから、どんなに収納があっても収まりきらない。その全巻セットの中に、かつて熱中した浦沢直樹の「YAWARA!」があった。私は整理する手をふと止めて、思わず一巻の表紙をめくってしまった。

 ノートの落書き いつもそこに君がいた・・・

 古くは小学生の頃にアニメにハマリ、当時のオタク文化のはしりだったアニメイトなどにいっては主人公をデザインした「ラミカード」や下敷きなどを買って悦に入っていた私。時は過ぎて、学生時代にばったり街角で出会ったYAWARAの全巻セット。貧乏暮らしのバイト学生には手痛い出費だったが、それどころかバイトも勉強もできないくらい、寝る間も惜しんで全巻をむさぼり読んだ日々。あの当時好きだった音楽。当時の方恋の相手。たった一ページを開いただけで、いろんな思いが胸奥から湧き出して、しばらく時が止まったような気がした。私は本棚にYAWARAの全巻を残して後はブックストッカーに収納し、そして再度一ページ目を開いた。それからは、通勤時間も、食事中も、○○中も、お風呂以外のすべての時間にコミックを持ち込んで一気に全巻を読み通した。正直、また感動した。しかも感動はなかなか収まりがつかなかった。youtubeで検索しようと思い立ったのは読み終えてすぐのことだった。「アニメがみたい」というのが動機だったが、実際に見てみると浦沢直樹の漫画の方が断然絵も上手いし、古いアニメで画質もよくなかったことで有る意味一旦はそこで感動がしぼんでしまった。
 だが、しかし。音楽は格別だった。小学生当時のアニメのイメージと物語の雰囲気とを絶妙に表現した楽曲の数々。「ミラクルガール」をはじめ、 「負けるな 女の子!」 「YOU AND I」など名曲だらけ。なかでも「少女時代」はお気に入りで、私は小学生の頃、すべての歌詞を暗唱できたほどだ。そして真のエンディングテーマ 「いつもそこに君がいた」が私の胸の柔らかいところををさらに突いた。「真の」というのは、アニメの最終回で最後の数分間をこの歌で終えたからだ。youtubeではアニメの最終回を見ることができる。このアニメの最終回は、コミックでいうところのラスト4巻分ぐらいが描かれないうちに迎えた最終回なのだが、この映像がとてつもなく秀逸で、コミックで読んだ感動をさらに盛り上げくれる素晴らしい出来だった。そしてそのBGMが「いつもそこに君がいた」なのだ。この曲が、このシーンとマッチしまくりで、本当に泣ける。てか泣けた。
 次に私が考えたことは、この曲の音源が欲しいということだった。それは別にデジタルデータでもいいし、CDでもいい。もうこの際、違法なものであっても欲しいとさえ思うのだが、どう探しても手に入らない。歌っているのはレイジー・ルーズ・ブギーというバンドで、すでに解散しており、レコード会社も今はないという。で、結局プレミア価格の中古CDを買うことになったのである。

 そんな曲は聴いたことがない、という方はこちら ↓

 ttp://www.youtube.com/watch?v=TWrRFZw0Aqc

 youtubeの映像データ「FLV」をダウンロードできることや、そのFLVからMP3データを抽出できることを私が知ったのは、CDが届いてから随分時間が過ぎてからのことだった。余計なことにお金をかけてしまうのは私の悪い癖である。

タイ古式マッサージ体験記

 家内との折り合いがついたので、タイ古式マッサージにいってきた。店の目星はすでにつけていたので、行くと決めたらとにかくすぐにでも行きたくて、飛込みで店に入った。
 店内に入ると、すぐ店長が現れて「初めての方ですね」と声をかけられた。事前にHPで店のことを調べていたので、店長の顔は知っていた。100%日本人らしいが、背が高く痩せていてどうも日本人離れして見える。「実はタイ人なんです」と言われれば信じただろう。
 そのまますぐに店の奥に通されて、一切の手続きなしにまず着替えを勧められた。施術室と思われるカーテンで仕切られただけの個室様の部屋でティシャツとだぼだぼの半パンのようなものに着替える。スーツからその姿になっただけでも大変な開放感だ。この姿でソファなどに座って、ビールを飲みながらテレビの野球中継でも見ていれば、さぞ絵になるに違いない。
 着替えが終わったことを確認すると、部屋からカーテンの外に出て、足を洗浄してもらう。担当に付いてくれたのはアジア系外国人風のぽっちゃりとかわいらしい感じの女性だ。熱すぎない適度なお湯の入った足湯用容器に両足をつっこみ、あとはされるがままに洗浄してもらう。足を洗ってもらうという経験は初めてだが、なんとも言えぬ気持ちよさがある。私はその間に、問診票のようなものに記入していたのだが、足を洗ってもらってることにうっとりとしてしまい、ペンを持つ手に力が入らずうまく書けないほどだった。
 問診票を受け取りに先ほどのタイ人まがいの店長が現れて、コースを聞いてきたので、間をおかずきっぱりと120分のタイ古式マッサージをお願いした。このコースこそが、この店を利用する客のほとんどがリピートするという、看板コースなのだ。無言のうちにも「決心は固いのですよ、店長」と目で訴える私のきっぱりとした熱意がタイ人まがいに通じたのか、彼も口元に笑みを浮かべながらも「覚悟はいいんですね」と力強くうなずいてくれた。ような気がした。
 引き続きアジア系の笑顔の愛らしい女性が担当してもらえるらしい。私は彼女と一緒に先ほどの部屋に入り、「仰向けに寝てください」とたどたどしく言われて、こちらもあたふたと指示に従う。お互いになんとなく、ぎこちない。やはり彼女は外国の人らしいのだが、こちらはなにぶん初体験なんだし、あれこれと世間話でもしてリラックスさせて欲しかったのだが、それは望めそうにもないと諦めるしかなかった。
 マッサージが始まると、愛想のいい笑顔は真剣な表情の後ろに消え、彼女の姿からは思いもかけぬ力強さで私の体はあちこちをこねくり回された。聞きしに勝るとはこのことで、目を瞑っていると一体どこをつかってどのようにしているのか、想像もつかない不思議な刺激が矢継ぎ早に繰り出されてくる。単純な揉むとか、押すとか、伸ばすという感じではなく、体中にある「筋」的な何かを中心に末端に溜まった血や老廃物を流し込み循環させていくというか、粘土で言えば形を変えてしまうような感じではなく、ほぐし溶かしていくような、そんな感じであった。
 じっくり時間をかけて仰向けでのマッサージが終わると左右の横向き、うつ伏せへと流れるように施術は進んでいく。この辺になって突然、指圧系からストレッチへと重点が変わる。タイ古式マッサージを二人でするヨガという表現があるが、「これのことかっ!」と思いしらされるような、驚くべき技をめまぐるしくお見舞いされる。これは、一体本当に大丈夫なのだろうか、と不安になるような危険な技に、思わず抵抗してしまいそうになって、たどたどしい日本語で「力を抜いてください」と笑われてしまった。さらに技のダイナミックさが増していく。それが最大に達したのは、座らされてからだったと思う。つまり座位での上半身ストレッチだが、やられている最中はとにかく単純に痛い。それほど強い痛みではないのだが、バキバキッととんでもない音が体のあちこちから聞こえてくるので、痛み以上の不安が募ってくるのだ。いや、このままなすがままにしていると大変なことになるのではないか、という恐怖がたいした痛みでもないものを痛いと感じさせるのかもしれない。
 座位の究極ストレッチが終わると時間的にもほぼ終わりで、真剣な表情だった彼女にも少しリラックスした雰囲気がでてきた。私も妙な恐怖心から解放されて、ほっと一息ついて彼女との会話を楽しんだ。たどたどしいと思っていた彼女の日本語も、日常会話をしてみるとそうでもなく、案外普通のやり取りが可能だった。モンゴル出身で日本はもう随分長く、タイ古式マッサージ暦も2年以上あるという。この店には今日デビューしたばかりだと聞いて驚いてしまった。なんだかぎこちない雰囲気だったのは、お互いが初心者同士だったからのようだ。
 すべてが終了すると受付横のスペースでお茶が振舞われた。「どうでしたか?初めての古式マッサージは」、タイ人まがいの店長が人懐っこい笑顔で話しかけてくる。私は「いやはや、堪能いたしましたよ」と苦笑いで答えた。料金を払おうと立ち上がると、すかさず「とっても姿勢がよくなりましたね。表情も明るくなりましたよ」と言われた。そう言われると、なんだかそんな気がしてくるから不思議だ。そりゃあれだけバキバキ背中から音が聞こえたんだから、何の効果もなければやられ損だとも思ったが、終わってみるとすべてが「気持ちよかったこと」のようにも思える。店長は私の心を察したのか、「気持ちよかったでしょ。私もこの気持ちよさの虜になって、タイで修行して向こうに店を持っちゃったほどなんですよ。今は、日本の皆さんにもこの気持ちよさを知って欲しくてがんばっているんです」と嬉しそうに続ける。身も心もタイに魅せられた男が、見た目にもタイ人っぽくなるのも無理からぬ話である。「店長、あんた男だね」とがっちり握手を交わしたくなるほど共感した私に、彼は「またお待ちしております」と営業スマイルで見送ってくれた。

世界一気持ちいいマッサージとは

 公私ともに忙しい日々だ。あんまりつかれたので、マッサージに行くことにした。
 私は凝り性だ。いや、肩がこるとか腰が痛いとかもあるのだが、それ以上に、何かを始めるときには徹底して情報を集めてからでないと楽しくない性格なのだ。どうせなら、事前に集められる知識はすべて詰め込んでから体験したいと思う。そして一度踏み込んだらその道を極めてみたい。
 「身体の緊張をじっくり弛緩させて、あちこちで滞っている血の巡りを良くしたい!」というのが私の希望で、このような状態になった時、以前はスーパー銭湯といわれる施設でゆっくり身体を温めて安いマッサージを受けていたのだが、これが大してよくならない。温泉は気持ちいいんだけど、力任せの男のマッサージは痛い上にもみ返しがきつい。「痛気持ちいい」は歓迎だが、ただの「痛み」はいただけない。結局、温泉の効果が薄れてきた頃には、痛みが残るだけだったりしていやになった。
 キーワードは、縮こまった身体を伸ばす、血行改善、もみ返しなし。いろいろと探しているうちに「世界一気持ちのいいマッサージ」という単語にであった。この表現はある特定のマッサージを示すもの。タイ古式マッサージだ。
 タイ古式マッサージは、二人でするヨガともいわれるほどストレッチ系の技がとても多彩なマッサージだ。揉む、指圧、さする、つかむ、ひねる、のばす、持ち上げる、などさまざまな手技を使うことで、全身のエネルギーラインを活性化させるという。このエネルギーラインを「セン」と呼ぶ。センを刺激することで、センの周辺に集中する神経や血管が刺激され、リンパ球の活性と増加、血液の流れの促進、身体の痛みの緩和、自然治癒能力・免疫力の向上、などの効果があるとされている。
 全世界的に流行しつつあるタイ古式マッサージだが、その実態は2500年の歴史を持つタイの伝統的な医療の一つだ。タイでは公的機関である衛生省がタイ古式マッサージを管轄しており、その総本山がワット・ポーという寺院。このワット・ポーの修了認定証がタイ古式マッサージセラピストへのパスポートになっているらしい。
 このワット・ポー認定証は7〜10日間の修行で取得できるらしいので、気軽に留学して手に職をつけて帰ってくる人もすくなくない。そういう日本人や、本国から出稼ぎにきたタイ人などが経営しているタイ古式マッサージ店は日本中にゴマンとある。しかし、その技術においてはまさにピンキリで、マッサージなど2の次の風俗店から、岩盤浴からそのほかのエステも体験できる超高級複合店、女性専用の癒し空間や、ビジネス街にある大衆店もある。
 タイ古式マッサージが、私の望みをかなえてくれそうなカテゴリーであることはほぼまちがいないと確信しているのだが、はたしてどの店にいったものか。安ければいいというものでもないし、だからといって、妙に高い店や男性専門店となると風俗くさい。タイ人とのコミュニケーションもとれそうにないし、ビジネス街にあり日本人経営の大衆店を探すのが適当かと思われた。
 虎穴に入らずんば虎児を得ず。とりあえず会社から近いところで本格的で真面目にやってそうな店に目星をつけた。仕事を抜け出して、何度か店の入っているビルの前をうろうろとしてみる。看板に料金が書かれているが、120分8000円のコースがおすすめのようだ。タイ古式マッサージは時間をかけて全身のセンを刺激するため、基本的には120分間かけるのが通常らしい。それよりも短いものはどこかしらを省略した簡易的な施術というわけだ。しかし2時間も短い時間ではないし、8000円もけして安くはない金だ。
 私は看板を見つめ、う〜む、とうなり声を上げて、そそくさと会社に戻った。タイ古式マッサージについては結構くわしくなったが、これを体験するのはボーナスの取り分を嫁と話会った後になりそうだ。次こそその体験談を書いてみたいものだ。

復活しますた

 
 いやあ、忙しかった。またしてもブログを一月も放置してしまった。
 意識はあったんだけどね。なかなか、行動に移せなかった。自らの更新はできなくても、他人の更新はしっかり確認してたりして。
 仕事とプライベートともに無茶苦茶な一月だった。ものすごい勢いで振り回されて、気がついたらもう一ヶ月もたってたのか・・・、という感じ。
 ま、そんな中でも何冊か本も読めたので、読書感想文からでも始めてみようかしら。